「森を歩く」という新しい価値
私たちは、いつも歩いている
歩く
私たちは生活の中で目的を行うための手段として
「歩く」ことが多い。
会社へ行くため、学校へ行くため、買い物に行くため
電車で、車で、自転車で、歩きで
日本人には、森 という決められたイメージがないように思う。
それは日本にある森の多くは、山にあり
暮らしの隣にあったのは森より山林のイメージが近い。
山は登る。
ヨーロッパには、平地に森が多い。
開けた広い森は簡単に入ることができる。
森は歩く。
何が言いたいかというと、
日本人にとって、「森」という共通のイメージは
ないのではないかということ。
30代くらいまでの若者には、森はジブリのイメージが強い
屋久島のような苔むした奥深い緑の森や
里山のような子供が遊ぶ明るい木漏れ日の注ぐ森
少し先輩になると、森のイメージは実家の近くにあった山
森は山にあり、山は急斜面で、あまり明るいイメージがない。
言葉に定義があったとしても日本人のイメージする森は、
個々の育ちによって異なるようで正解がない。
ということで、日本人のこれからの暮らしに
「森を歩く」という文化をリニューアルさせよう。
ウォーキングでもトレッキングでもない。
森を歩く
治療でも、ダイエットでも、運動でもない
森を歩く。という簡単なこと。
歩くという文字には、「少」「止」という字が含まれている
森を歩くことは、
自然に心を少し止め、急がず丁寧に進むこと
としよう。
森は自分の鏡になってくれそうだ。
森を歩き、たたずみ、自然の感覚を身体で感じる
この価値に気が付けると
人の心には簡単には折れない、
強く太い根が下へ伸び始める。
▼写真は森の中で行うセルフカウンセリングの様子。